福岡の腸セラピーならココモ

福岡の腸セラピーならココモのセラピスト紹介

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はじめまして(*^^*) こんにちは。

福岡市大名のプライベートサロン『kokomo』のボディケアセラピスト“リラコさん”こと、都 遊美子と申します。

初めてのサロンに入る時、ケアと云えども『自分の体をどんな人間がさわるのか?』と気になったことはありませんか?

お店自体には『行きたいな~』と思いつつ、何となく不安で躊躇してしまうことって少なくないですよね?

わたくしも同じであります(^^ゞ

ですので、そんな不安を少しでも解消すべく、ちょっとした自己紹介をさせて頂けたらと思います。

 

福岡の腸セラピーならkokomoのセラピスト紹介

都 遊美子 (みやこ ゆみこ)

サマディレッチセラピスト

腸セラピスト

★1979年3月7日生まれ

★魚座 AB型

★愛媛県出身

★福岡県福岡市在住

★ニックネーム リラコさん/遊美さん/ぴぃこ/ココさん/都ちゃん(もう…いっぱいありすぎて……お好きに呼んでくださいませ笑)

★好きな食べもの  野菜/お豆腐

★好きな食べれる野草 蓬/タンポポ/ヒメオドリコソウ

★好きな動物 猫/鳥

★好きな鳥 かささぎ

★好きな散歩道 南公園の森

★好きな休日の過ごし方 森→温泉→Beer

★好きな作家 村上春樹/吉田篤弘

★好きな漫画 少年漫画

★好きな種族 イウォーク族

★好きなソロ ハン・ソロ

★好きなマスター クワイ=ガン・ジン

★好きな先生 安西先生

★好きなスタンド クレイジー・ダイヤモンド

★好きな言葉 『念ずれば花開く』『成らぬは人の為さぬなりけり』

★尊敬する人 おばあちゃん

★特技 絵を描くこと/文章を書くこと/羊毛チクチク/クリスタルキングの『愛をとりもどせ』を1人で歌い上げること/ものすごく伝わりにくいモノマネをすること(『もののけ姫』のアシタカに倒されて溶ける寸前のタタリ神とか笑 )

 

幼少期

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母の話では、生まれる時、半分自力で胎内から出てきていたらしく、看護士さんが『もうほとんど出ているので引っ張ってみましょうね~』と言って引っ張って、スルスルスルッ。

お医者さまが到着する頃には生まれていたという大安産だったそうです。

姉、兄2人が難産だっただけに、母も拍子抜け。

お産の苦しみも与えずに生まれたなんて!?

もしかすると、この時からすでに、『人を痛みから解放したい』という使命感を持って生まれてきたのかもしれません(笑)

↑下段写真。右が父で左が母。美男美女でしょ♪父が抱っこしているのが私です。

姉、兄、私の末っ子に育ち、ものすごくお転婆でした!

母の理解を越えた行動が多かったらしく、よくはぐれっ子になっていたそうです。ただ、迷子になっても自力で家に帰ったり『下手に動かない方が見つけてもらえる』と、余裕の顔で本を読みながら待っていたりと、どこか掴み所のない幼少期だったようです。

ただ、一番驚いたのは、このプロフィール作成のために幼児期の写真を引っ張りだしたところ、パンツ丸出しになってない写真がほとんどなかったこと!

この頃から社会からはみ出す癖があったんですね~(笑)

 

学生時代

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そんな丸出し都も中学生に!この頃はまだ内弁慶でしたが、友達と演劇に挑戦するなど、学校行事を積極的に楽しんでました!

中3の時のクラスは、特に漫画のような熱血クラスで、イベントごとに毎度号泣(。´Д⊂) 私の立ち位置は不動の広報委員(立候補)だったのですが『クラスの思い出を1㎜も逃さず記録する』という野望のもと、クラスの学級新聞を、前代未聞の日刊発行したりしておりました(笑)

この頃から、受動的で簡単な作業より、多少困難でも主体的な活動である方が好きで、好きな事なら時間も惜しまず、自ら苦難の道を選んでいくような部分が開花してきていたような気がします。

高校生になって、独学で練習していたダンスを本格的に初めました。

実は私、ダンスに出会うまで、どちらかというと運動は嫌いだったんです(笑)

でも、舞台ダンスの世界にどっぷり魅せられ、どんどん体を動かすのが好きに♡3年間ダンス♪ダンス♪ダンス♪と明け暮れ、ダンスのためなら事務長さんや校長先生に直談判することもΣ( ̄□ ̄;)

元々そのつもりだったのですが、親にまで『ダンスか進学か選びなさい』と言われて、迷わずダンスを選びました(笑)

 

就職と福岡移住

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最初の就職での仕事は残業も多く、行きたかったダンススタジオにも行けず…。『このままここで人生の大部分の時間を過ごすのかな~』と思い悩む時間が月を追うごとに増えていきました。

でもついに退社を決心した都は、その後バイトを掛け持ちながら、憧れの先生のスタジオに通うという生活を選びました。

ボーナスがなくても、週休2日じゃなくても、ダンスを続けられることが嬉しい(*^^*)幸せ♡

しかし、そんな矢先、人生2度目の靭帯損傷!!

その後もしばらく続いた足の違和感と怪我の恐怖心から、あんなに人生をかける勢いで好だったダンスから泣く泣く遠ざかることに……。

ジムトレーニングでリハビリをしながら働く毎日。

ダンスが生活から欠けたのもあって、体を動かす仕事、運動を教える仕事がしたいと、女性専門のダイエットアカデミーに就職。

栄養学や食事療法、運動療法を学び、体質改善の運動療法士として働くことに。自分がダンスを挫折したことで、初めて誰かの痛みに寄り添った『感謝される仕事』を経験しました。

それまでひたすらダンスのみに向かっていた情熱が、『人の力になれる喜び』の方へと変化し始めたのがこの頃です。

そんなある時、友人と起業を思い立っての福岡移住。

資金を貯めるため、しばらくは福岡のスポーツジムで働くことになります。

グランドオープン前のスポーツジムというのもあり、スタジオプログラムやプールプログラムなど沢山の資格試験が受けられました。

前職の経験も認められて、オープン後はダイエットプログラムの店舗リーダーまでさせてもらうことに!

スポーツマッサージやペアストレッチなど、マンツーマンでの施術、インストラクターとして多数を相手にした技術やインストラクトを最初に身につけたのもこの頃です。まったく別の起業計画を持っていたものの、やっぱりこの仕事も好きなんだな~と実感していました。

 

第1次開業期

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移住から1年、ついにお店を開業。それも1番好きになった町、大名で!

何の宣伝も予告も、ビラ配りすらもせず始めたお店でしたが、エコロジカルとカウンターカルチャーの側面を併せ持ったお店の存在は口コミで広がり続け、翌年には有限会社設立。

専門店としては押しも押されもせぬ人気店になり、わたしは22歳にして取締役に(゜ロ゜;ノ)ノ

最初のうちは、ジムの仕事とお店を掛け持ちで続けていましたが、スタッフの育成と経営両立という新たな試練の前に、19歳から続けてきた施術師、インストラクターの世界からは一旦退くことに決めました。

今のkokomoに繋がる、『お客さまの心を解放する』『笑顔にする』『今日ここへ来て良かったと思ってもらえるための努力をする』という独自の心構え3原則は、ほぼこの時期に培いました!

沢山の地域の方との繋がりもでき、お店外でもラジオ番組のパーソナリティーをさせてもらったり、
町内会長さんのお手伝いから始まったボランティアが新聞に取材されたり。

買い付けに出た海外での見聞の広がり、沢山の素晴らしいプロフェッショナルな方達との出会い。今でも本当に感謝で頭が上がらないくらいです。

ただ、漠然と『物でない何かを提供出来る人間になりたい』という欲求が強くなってきたのもこの頃でした。

物の溢れる時代に、エコロジカルな物もそうでない物も、流行と共に使い捨てられていく。それを提供する側にいる矛盾との葛藤。

今でこそ『だから良い物を提供する場所が残っていかなくてはいけない』と思うのですが、この頃はまだまだ若く未熟だったのです(*/□\*)

開業から丸7年、お店を抜け、取締役を辞任した私は何故か放浪の旅へと旅立つのでした(笑)

 

放浪・漂流期

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と言っても、何気なく旅に出たのではなく、どうしても世に出したいものがあったのですね。

それは、旅をしながら旅資金を作り、また次の旅へ旅立つという、ロードトリップならぬ『労働トリップ』という旅の方法。

『物でない何かの提供』が漠然とした目標だったのもあり、人の人生を変えるような体験や生き方を書いて伝えようと、第1次経営期に仲良くして頂いた『Spectator(スペクテイター)』という雑誌の編集長に企画を持ち込み、GOサインを頂いて北海道へ旅立ちました。

着いた先は知床半島のもっと下、アイヌの遺跡も残る辺境の地。

そこで鮭の短期水産加工バイト、通称『シャケバイ』に挑戦!!\(^o^)/

初めての北海道。しかも観光でなく住込労働旅。旅人達とのふれあい。予想以上の極寒。本当にとんでもない経験になりました(笑) (詳しくは長くなるので割愛しますが、気になる方は『Spectator (issue19)』をどうぞ♡)

そうして、苦難のシャケバイを乗り越え、みちのく1人旅をしながら日本列島を下降。記事を書こうとした矢先、まさかの『もう1発くらい旅してきてよ』という編集長の一声で、今度は日本の最西端、沖縄の与那国島へ。八重山諸島を点々とし、その後記事を書き上げるも、今度は自発的に南大東島、北大東島へと…。

途中福岡に戻ったりもしていますが、気づけば丸1年半。

もはや放浪ではなく漂流です(笑)

でも、旅の中の出会いは不思議なもので、北海道から沖縄の離島まで、セラピストやヨギー、整体師、体にまつわる仕事の人達と次々に出会いました。

その対話やふれあいが、自分の求める漠然とした『物でない何か』が『人の心と体を癒したい』『幸せにしたい』というセラピストとしての欲求だと、改めて気づかせ、私を放浪から今1度の修行へと導いてくれたように思います。

 

心まで癒せるセラピストを目指して

1から学び直すつもりで、セラピストの勉強を再開した私ですが、久しぶりに自営でも季節労働でもない空気に、最初は上手くなじめるか不安でした。ですが、もともと人に尽くす仕事を選んだ人達。先輩スタッフは皆優しく、顧客層も広く、とても良い環境に巡り会えました。

しかし、技術も身につけ、指名のお客様も増えてきた矢先のことです。突如として試練は起こりました。これは私がセラピストでいながら、自分の身体の声を聴く事、省みる事をおざなりしてしまっていた為でしょう。ついに体を壊してしまったのです(T_T)

1度体調を崩すと、今までほとんど大きな病気もしてこなかった私の体に、不調がどんどん現れるように。自分が自分でなくなったかのような悔しさと、歯痒さで、何度かこの道を諦めることも考えました。

でも今思えば、この体の不調の嵐が、セラピストを志す私にとって絶対に必要な経験だったと思います。そして、ある出来事を境に、私は独立することを決心。体の不調を克服していきました。

その出来事というのが、最愛の祖母の死でした。

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私の人となりを紹介するのに、どうしても欠かせない人。それが最愛のおばあちゃんです。私の母方の祖父母は2人とも僧侶。特におばあちゃんとの間には、ある頃から師と弟子のような特別な関係が加わり、色々なことを、この師であるおばあちゃんから教わりました。

そんなおばあちゃんの逝去を私は2ヶ月の間知りませんでした。体を壊していたのを知っていた母が、私が無理して駆けつけないよう知らせなかったのです。

自分が情けなく、体を壊していたことが悔しく、最期に会えなかったことがたまらなく悲しく、1週間泣き続けました。そしてふと、おばあちゃんとの最後の会話を思い出したのです。

“『為せば成る、為さねば成らぬ何事も
 成らぬは人の、為さぬなりけり』
 おばあちゃん、この年になっても
 毎日そうやって信者さんと
 手を合わせて頑張ってるんやから
 遊美子もまだまだやれる、
 頑張んなさい”

“成らぬは人の為さぬなりけり”

おばあちゃんが僧侶として人に寄り添って生きたように、私もセラピストとして人に寄り添った仕事をしよう。おばあちゃんの意志を継いだ生き方をしよう。

そう決めてから、自分の治療も完全に自然療法に切り替え、食事療法、呼吸法、ヨガ……真剣に自分の体の声に耳を傾けました。その結果、どんどん体の調子は良くなり、開業準備も勉強も楽しくて仕方ないほどに!失いかけていた自信も取り戻していきました。

“健康な精神は健康な体に宿る”とはよく言ったもので、当時の私は、友人の言うところ、“別人のように”全てを好転させていくエネルギーの塊になっていたそうです。

そしてついに辞職。

2014年10月、kokomoをオープンしました。

 

わたしがkokomoを作った理由

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体に関わる仕事をしていると、『肩や腰がつらい』『疲れがたまって休みの日に何も出来ない』そんな悩みを聞くのが日常です。

中でも気になったのが

『ぐいぐい押されて痛かった』
『バキボキ鳴らされるのがイヤだった』
『ずっと通っても良くなっていかない』

ケアやマッサージに対して、そんな経験を持つお声が幾多とあふれていること。

体をケアしようとサロンに通っているのに
『サロンに行くたびに、“ケアを受けないといけない体”になっていく?』

何故でしょうか?

それは、異常緊張した筋肉、つまりコリそのものを強く押しているだけだから。コリにはコリの原因があるんです。

硬くなった部分を闇雲におしても、筋繊維が切れて更に堅くなるだけ。そうして硬くなった筋肉は、中毒のようにまた同じ部分に刺激を欲しがるようになります。痛くてイヤだった強指圧を自分から求めるようになり、体の筋肉はどんどん古いタイヤのゴムみたいになっていくのです。

サロンで働く多くのセラピストが、このゴム化した体の求めるニーズに応えるため、あるいは施術人数をそつなくこなすために、お客さまの本当の不調の原因を探ることも伝えることも出来ず、『一緒に体の声を聞く』という一番大切なコミュニケーションも取れていない。

私はこの間違った連鎖を絶ち切って、お客さまの本当の笑顔が見たい。

そんな想いからkokomoは生まれました。

本当に体が軽くなった時に生まれてくる
『お客さま本来の元気な笑顔』それを見るのがkokomoの生き甲斐です。

『体の不調は心の不協和音』

体が調律を取り戻せば、心はどんどん元気になれます。

  • 活動的になった
  • ずっとしたかった習い事を始めた
  • 仕事の成績が上がった
  • 苦手と思ってた人が優しくなった
  • 笑顔を褒められた

これはkokomoのお客さまが伝えてくれる変化の一部です!

『本当に変わっていく
自分を感じていただけるサロン』

完全無欠の健康人間じゃなかった、そんなkokomoだからこそ出来る、一人一人の心に寄り添ったケア。

お客さまと一緒に幸せになっていけるサロンでありたい。

そんな想いを込めて、

ビーチ・ボーイズの
『kokomo』という曲から名前を頂き、
『心も体も』と『心の込もった』という
2つの掛詞をつけて

お店を『kokomo(ココモ)』と名づけました。

ちなみに『前人未到の癒しの地』という意味の、我ながらおそれ多い名前なんですよ(笑)

 

イネイト活性療法との出会い

免疫の要とも言われている腸、その腸を健康に導く、腸セラピーを軸にしていたココモに、ある時、革命的な出会いが起こります。それが、イネイト活性療法との出会いです。

創始者である豊田竜大先生のアカデミーで学び、圧倒的に覆っていく身体への常識。本当に生きてこの技術に出会えた事に感動しております。

このイネイト活性療法との融合によって、ココモで手助けできる事の幅が爆発的に広がりました。現在では、アレルギーなど、免疫力の低下を由来とする数々の症状でお悩みの方が、ココモの扉を叩いて頂いております。

ほとんどお体に触れもしない、その不思議なケアから、魔法ですか?と聞かれる事もしばしば(*^^*)しかし奇跡を起こしているのは常にご本人です。そんな人体の神秘・自己治癒力の活性をお手伝いするのが、ココモの2本目の柱である、イネイト活性療法です。

ココモは開業後もずっと勉強を続けております。

それは、ココモにいらっしゃる全ての方が曇りのない本当の笑顔を取り戻すため、そのお手伝いがしたいから。

あなたのありのままの笑顔を取り戻すためににぎやかな大名の小さなオアシス『kokomo』で今日も元気にお待ちしております(*^^*)

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